輝く女性事例

「子育てで身についた視野の広さと柔軟性は
管理職としての武器に」

株式会社石井表記

  • 製造業
  • 東部
  • 301以上
所在地 広島県福山市神辺町旭丘5番地
URL https://www.ishiihyoki.co.jp/
所属・役職 管理本部 経営企画部 課長
ご本人氏名 井上 弥生 さん

seika_header_2.png

1992年~
税理士事務所に就職。
顧問先の企業や個人の担当として、税務申告等を行う。この頃の「相談される」という経験が現在の経営企画部部員として大いに役立っている。結婚を機に退社。

2004年~
株式会社石井表記に入社。経営企画部に配属され、上司の補佐、数値管理や会議資料の作成を担当。部署とは別に社内の5S(※)委員会のメンバーとなり、委員会活動にも力を注ぐ。

2015年~
経営企画部の係長に就任。取締役会等、重要な会議の補佐業務に関わり、全社的な動きに触れる立場となる。取締役や事業部長等、経営者層の考えや動きを間近で見ることが得がたい経験となる。

2017年~現在
経営企画部の課長に就任。取締役会等の補佐業務の他、後輩従業員の指導、教育を行っている。

※5S委員会…整理・整頓・清掃・清潔・しつけ の頭文字のSをとったもの。職場環境を整え、仕事を行いやすくするように改善する活動のこと。

seika_footer.png

部署の垣根を越えて動く「5S委員会」で視野を広げ、仕事のスタイルも進化

「本当の意味での男女平等は、法律や制度だけ整えても全然ダメ!男女区別なく仕事を振れば必ず女性も活躍できます。それに、家事もシェアするなど、家庭内でも平等にならなければ本当の男女平等とは言えませんよ」と熱く語るのは、(株)石井表記(以下、石井表記)で管理本部経営企画部課長を務める井上さん。前職の税理士事務所で、新入社員の頃から男女区別なく仕事を任された経験、また自身も家庭と仕事を両立しているからこその言葉に説得力がある。
石井表記に入社したきっかけは、ハローワークの求人だった。経営企画部の求人票を見て、今までのスキルが生かせる仕事と考え、入社を希望。
しかし、実は当時会社から出されていた求人票の年齢制限から井上さんは外れていたのだという。しかし、募集している人物像に自分が当てはまっていると感じ「ダメ元でもチャレンジしたい」「チャレンジせず後悔はしたくない」と思い、ハローワークの担当者に紹介をお願いしたところ「聞いてみましょう」と、電話を掛けてくれた。それが契機となって入社が決まったという。
入社から3年。井上さんのスキルが発揮される場が与えられる。それが職場環境改善を目指す「5S委員会」での活動だった。5S委員会とは、整理・整頓・清掃・清潔・しつけの頭文字のSをとったものが由来で、職場環境を整え、仕事を行いやすくするように社内の改善を行う活動だ。活動内容は、名前のないファイルに名前を書く等、初歩的なことから工場内のルール作りまで、多岐にわたる。各部署を巡回し、指導する機会もあり、普段の仕事を離れて会社全体を知る良い機会になったという。また、委員会のメンバーは、事業部の枠を超え、様々な従業員が集まっていた。
委員会での活動は、メンバーの活気・やる気に刺激をもらったり、自分が考えたアイデアが他部署から見るとどのように捉えられるのかを客観的に理解することができ、当時の担当役員も「自分たちが責任を取るからやりたいようにやりなさい」と背中を押してくれたことで「社内の警察」さながら各部署の指導に当たった。
その結果、社内の掃除、整理整頓が徹底されると同時に、井上さん自身にも変化があった。他部署のことを見たり考えたりする機会を通して、他部署への思いやりや、仕事との向き合い方を身につけることができたのだという。

子育てで身についた大らかさが仕事にも生き、若手指導に変化が

入社から11年目、経営企画部の係長に就任。
取締役会等、社内の重要な会議の補佐業務に携わるようになり、「今まさに社内で動いていること」や「決定しなければならないこと」の協議を生で体感することにおもしろさを感じた。また、この頃から会社の一員として「より良くなるための課題と改善策」を意識するようになったという。
係長就任から2年、同部の課長に昇格。
会議で司会を務めたり、意見を求められることが増えると同時に、若い女性従業員の教育も担うことになった。
若手の指導において、現在、井上さんがどのように感じているか尋ねた。
「入社当初と今では、指導の仕方も大きく変化したと感じます。何より以前に比べて自分自身に余裕が生まれましたし、子育てと同じように『○年経つと、これくらいできるようになっていれば良いな』と大らかに思えるようになりました。また、相手の得意なことを任せる、相手のレベル感とプロジェクト全体のことを考えて指導する、『褒める』『認める』を意識する等、子育てや仕事の経験を重ねた今だからこそできることがあるように思います」と言い、女性の柔軟な視点で後輩の育成をしているようだ。

今後の目標は、女性従業員への活躍の場を提供し、意識改革に取り組むこと

管理職になる前から「課長相当職」を目指していたという井上さん。その理由は、人生設計を考える中で、自身の成長と収入面で成長を実感できると感じていたからだという。とはいえ、課長職への打診があった際には「本当にできるのか」という不安もあったという。しかし、「自分が女性管理職としてロールモデルになり、やりがいのあるところを見せないと」という信念が自身の背中を押した。
今、心掛けていることは、「幅広い仕事にチャレンジし、既存の考えや手法などに囚われずに取り組む」こと。そして、管理職としてのやりがいは「仕事の範囲に枠がない」こと。「ルーティンワークも自分次第で手法の改善をすることができ、現状にこだわらず、チャレンジすることが可能なことだ」という。
また、中でも特に経営者の考えに触れる機会が刺激になり、自身の成長の支えになっているそうだ。
井上さんは、今後、女性従業員に活躍の場を提供すると同時に、社内の意識改革に取り組むことを目指しているという。その理由を次のように語る。
「今の社内では女性管理職はまだ少なく、一般職の女性が大半を占めています。会社もその枠の中で人材を育ててしまい、女性従業員自身も自分の仕事の範囲を狭めている状態だと思います。ですが、女性も生涯働くことが当たり前の時代になり、子育てもいつかは終わりが来ます。その時、一日の大半を過ごす会社で、毎日、毎週、毎年同じ仕事をするのではなく、年齢とともにステップアップを考えていかなければならないのではないでしょうか。女性活躍推進法に沿って、女性従業員や管理職を増やすだけでなく、『活躍する女性』を増やすことが、結果的に会社の活性化につながると思っています。私自身、若手を『活躍できる女性』に育成していきたいと考えています」。

女性は社会が思う以上に能力が高く、多くの役割をこなせる存在ではないか。

育児と仕事の両立について、井上さんは「家では私の母が家事や育児をサポートしてくれ、会社では上司や同僚が家庭について理解してくれ、臨機応変に休暇や早退等の調整をしてくださったので、両立で困ったことはない」と話す。
無事にもうすぐ子育てが落ち着く段階にきているといい、「子育ては、中学生になるまでがいちばん大変。子育てに対して周りの協力が得られ、社会全体で温かく見守ることができれば、苦しい時期をみんなで支え合いながら乗り越えられるのではないか」と話す。
また、男性も育児休業を当たり前に取得するようになれば、子育ての状況を誰もが理解できる社会に近づくのではないかと語る。
井上さん自身も、子どもの中学校入学を機に出張を解禁。年に2~3回は、上海の子会社にも出張しているそうだ。
また、「女性活躍」については、男女区別なく仕事を与えれば、女性も同じように活躍できると話す。
「女性は、仕事以外で男性の想像以上に多くの役割を担っています。母親、地域や学校等の役員、介護、すべきことが多くあり、地域社会で活躍されているお母さんも大勢います。結婚し、母親になる段階で女性は男性以上に大きく状況が変化しますが、その変化に上手く対応できています。きっと会社内でも役割を与えれば、リーダーシップを発揮できるのではないかと思います。『女性にはできない。家事や子育てが大変だからやらせない』ではなく、そういった無意識の思い込みをなくし、男女平等に仕事を与えて任せることがいちばん大事なのではないか」と井上さんは語ってくれた。
「本当の意味で男女平等」になる日まで、井上さんの挑戦は続く。