輝く女性事例

「従業員それぞれが〝なりたい自分″を目指せる会社にしていきたい」

株式会社SANKYO

  • 卸売業・小売業
  • 西部
  • 1〜30
社名 株式会社SANKYO
本社所在地 広島市中区舟入本町5-1
URL http://www.55-sankyo.com/
業種 卸売業(小売業)
従業員数 27
女性従業員比率 33.3
女性管理職比率 33.3

(2018年4月現在)

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1980年~
新卒で大手百貨店へ就職。商品販売を担当するとともに商品ディスプレーや基本的な営業事務などを行う。社会人としての基礎基本を身に付けながら、商品販売業務を通じてコミュニケーション能力を培う。

1987年~
販売員の仕事が日曜も出勤であったことから、結婚後、保険会社へ転職し、職種も事務職へと変更。この頃のさまざまな部署と連携を取りながら働くという経験は、現在の課長職で大いに役立っている。出産を機に退職。

1990年~
2人の子供の育児に専念。子育てで忙しく過ごしながらも、自身が立ち上げの中心となった「育児サークル」の運営や、子供会・PTAなどに積極的に携わり、コミュニティーを広げていく。

2001年~
2人の子供が小学生になったことを機に再就職活動を行い、三協石油株式会社(現 株式会社SANKYO)へ非正規従業員(フルタイムパート)として入社し、事務職員として活躍。2005年には非正規従業員でありながら総務課の主任に就任。

2010年~
入社から10年、非正規従業員から正規従業員となる。事務職を含めた、複数の業務に携わることで幅広い業務を理解するようになる。

2014年~現在
総務部の課長に就任。女性活躍推進や社内の制度・職場環境の改善などにも取り組み、現在に至る。女性管理職として外部セミナー・講演会への参加の機会も増える。

ライフイベントに応じて家庭、仕事や地域との関わり方も変化

株式会社SANKYO(以下、SANKYO)でパート従業員として仕事を再開してから、今年で入社18年目となり、現在は総務課長を務めている守澤さん。プライベートとの両立を考えて仕事を変えつつも、前向きな姿勢で取り組んできた様子や、総務課長という立場に至るまでの心境の変化、仕事と子育ての両立の工夫について聞いた。

新卒で入社した大手百貨店では販売を担当していたが、結婚後は週末が休日となる保険会社の事務職に就いた。母親が仕事を続けていたこともあり、当時から“寿退職”という考えはなく、家庭と両立できるように転職したそうだ。保険会社では、今の仕事で生かされている経理・総務や保険に関する知識を得ただけでなく、子供がいながらも単身赴任していた女性上司の仕事に対する姿勢や部下に対する気遣いなどが、今後の人生を変えるきっかけとなったという。その上司に何度も止められたが、第一子の出産を機にいったん仕事を離れた。しかし、子育てに専念した時期にも「子育てサークル」を自ら立ち上げるとともに運営を行い、PTA・子供会など地域の活動にも積極的に関わった。

「きっかけは雨天時に公園で子供を遊ばせることができず、子供も母親も鬱憤が溜まり、ストレスを感じていたことです。そこで、最初はママ友数人で近所の公民館を借りて遊び始めたのです。やがて、公民館で出会った保健師の方に、サークルの立ち上げを勧められて『子育てサークル』を結成し、子供が遊べる空間だけでなく、親同士のコミュニティーを形成する場の提供を目指しました。会員が増えるごとに遠足、クリスマス会など、内容を充実させ、企画運営を行っていきました。見る見る会員が増えていくのがうれしい反面、自分の子供もまだ小さかったのですごく忙しかったですね。しかし、この時のつながりは今でも財産であり、離れている今でも時々連絡を取り合っています」と守澤さんは話す。

ママ友10名程度でスタートした育児サークルは、守澤さんが活動を行っていた4年半で未就園児会員60名を超えるほどになったという。仕事とはまた違うフィールドにおいてもリーダー的存在で活動した経験は、その後の管理職へとつながっていく。

やっぱり働きたい、子育てと両立しながら11年のブランク後に仕事復帰

しばらく仕事から離れた日々が続いたが、下の子供が小学生になった頃、「働きたい!」という思いが強くなった守澤さんは、SANKYOへパート従業員として入社し、日報入力や会計といった事務業務を任された。しかし、11年間のブランクがあり、最初は大変だったという。パソコンソフトの操作方法がわからず、悪戦苦闘し、仕事が進まない。そこで、パソコンが得意な職場の前任者や、兄弟から徹底的に指導してもらい、自宅で何度も復習した。子供会の帳簿作成などでしか使うことのなかったパソコンだが、努力の甲斐あってスキルは劇的に向上した。仕事を再開し、今までできなかったことができるようになる喜びを実感。守澤さんは働くことの面白さを再確認したという。

守澤さんがSANKYOに再就職した当時、2人の子供はまだ子育てが落ち着く年齢とはいえない小学校4年生と2年生であった。そんな中、家庭と仕事を両立させるために行っていた工夫について聞くと、「今思い返してみて一番に思うことは健康管理の大切さです。家族が病気になったら仕事に穴をあけてしまうため、自分のことはもとより夫と子供の健康管理には特に気を付けていました。夫や子供たちがいつも元気でいてくれたことはとてもありがたかったです」と、家族を大切にしていたことを話してくれた。

また、守澤さんが仕事を再開してからは、子供が家事を自発的に行うようになってくれたという。「洗濯物を畳む、お風呂の準備をする、ご飯を炊くなど、子供同士で当番を決めて役割分担し、家事を手伝ってくれていました」と、笑顔で振り返る。子供には小さいうちから「自分のことは自分でする力」を身に付け、自立してほしいと願っていた守澤さんは「○○しなさい」と言わないように心掛けていたという。すると、中学生になった頃には、自分たちで起き、準備し、早朝の部活の練習に行ったり、言われなくても勉強するようになったりしたそうだ。自分で考えて行動することを身に付けさせる教育も功を奏し、忙しいながらも子育てと仕事の両立ができたようだ。

パート従業員時代から業務への姿勢は変わらないが、正規従業員、管理職になるとさらに充実

07.JPG守澤さんがパート従業員から正規従業員へと変わったのは入社から10年後。パート従業員時代も比較的重要な役割を担っていたため、正規従業員になったからといって業務内容が大きく変わることはなかったそうだ。しかし、正規従業員、さらには総務部の課長に就任してからは社内外からの目や自身の意識も変わったという。例えば、パート従業員の時は店舗に伝えにくかったお客様からのクレームも、管理職として物おじせず、大切なこととして伝えられるようになったという。「私は、パート従業員にも仕事の責任はあり、役職問わず与えられた業務をきちんと行うのは当たり前だと思っています。しかし、正規従業員、管理職になってからの方が、より組織の発展に寄与していると実感する機会が多く、仕事に対する充実感や満足度は上がりました」と自身の想いを話してくれた。

働く女性へのメッセージ

「多様な人材がもっと柔軟に働ける世の中であればいいのにと思います。障害のある方、高齢者、男女を問わず、能力のある方がたとえ短時間であったとしても、ハンディを乗り越えながら自身の能力を発揮できるよう後押しするのも、会社の役目ではないかと思います」と守澤さんはダイバーシティの推進について、語ってくれた。2018年夏、SANKYOでは地元高校のインターンシップの受け入れを行った。事前の職種希望調査では、男性3名が事務職を希望していたそうだ。事務職イコール女性ということではないと改めて気付かされたそう。

「当社で活躍している女性が特別扱いを受けているということはなく、みんなに共通しているのは『なりたい自分像』を強く持ち続けて努力していることだと思っています。『なりたい自分像』を強く持ち続け努力する人は、何事も周囲のせいにせず、日々着々と業務を全うし、結果を出しています。会社ができる支援や改善は男女問わず積極的に行っていきたいです」と話す守澤さんの今後の目標は、SANKYOを多様な人が活躍できる職場にし、それを会社の強みとして積極的に発信していくことだという。守澤さんのSANKYOでの挑戦は今後も続く。