輝く女性事例

「必要と思ったら見て聞いて学び、試す。全ては利用者・従業員の快適のために」

社会福祉法人 亀甲会

  • 医療・福祉
  • 三原市
  • 31〜100
社名 社会福祉法人 亀甲会
所在地 三原市久井町江木161-1
URL http://www.kikkou-en.or.jp
所属・役職 事務長
ご本人氏名 勘家 啓子 さん

(2018年10月現在)

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1985年~
社会福祉法人亀甲会に事務員として採用され、給与計算、診療所のレセプト管理や、庶務を担当。前職の商社でオフィスコンピューターを利用していたスキルを生かし、事務処理のPC化を進める。

1995年~
主任事務員兼主任指導員となり、事務と介護現場の両方を担当するようになる。事務員としては、2000年の介護保険法施行への対応準備、法人設立50周年記念誌編さん、広報なども担当。

2006年~現在
養護老人ホーム亀甲園の次長に就任後、2012年に事務長となる。老人福祉法改正に伴う新型養護老人ホームの再構築、通所介護事業所の立ち上げ、省エネ事業(経産省補助事業)対応、入所者の後見制度や公正証書作成の対応、障害者の雇用への取組等を実施。また、主任相談員も兼務し、介護現場にも関わり、施設内設備リフォーム、電化厨房の立ち上げ、介護ロボット採用など、職場環境の改善に取り組む。

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夫と共に採用面接。「奥さんはこれから働く。家事は今までのようにできない」と理事長

新卒で神戸の商社で事務員として働いていた勘家さん。当時としては珍しく、オフィスコンピューターが導入されており、ブラインドタッチもそこで覚えた。その後、結婚を機に退職し、広島県に住まいを移した。第一子が10カ月になった頃、「亀甲会で事務員として働かないか」との話があり、理事長面接に行くことになった。「夫婦で面接に来てほしい」と言われて、2人で亀甲会に向かったという。「理事長が夫に、『これから奥さんは働くことになる。今までのように家事はできなくなるが、あなたは協力できますか』と尋ねました。今思えば、大変先進的な考えを持った理事長だと思います」と勘家さん。

勘家さんは事務員として採用され、フルタイムで8時30分から17時30分まで勤務し、給与計算、診療所のレセプト管理や、庶務を担当した。ある時は、就業規則の変更が必要になったため、土曜日に三原市から福山市まで通い、社会保険労務士の講座を受講するなど、自分で勉強しながら対応したこともあった。

子供が小さいながら、熱心に勉強しつつ、フルタイムで働いたことについては、母親も同様に仕事をしていたため、自身も同じようにすることに違和感がなかったという。

第二子の出産・長期入院を乗り越えて、仕事を続ける大変さを実感

数年たったころ、法人全職員の総務も担当することになり、役員会の書記を行った。そこで、法人全体の方針や役員の考えに触れることとなり、視野が広がったという。仕事の役割も増え、充実する中、第二子を妊娠したが、体調が悪く、出産まで8カ月間も入院することとなってしまった。

「職場の方に大変なご迷惑をおかけすることになってしまい、申し訳ないと思いました。しかし、入院中も、先輩の事務担当の方がお見舞いしつつ、『給与計算についてはこれでよいか』と、給与計算台帳を持ってきたことがありました。そのことを、大変うれしく感じたことを覚えています」。

亀甲会への就職をきっかけとして、勘家さんの母は「若い人が働き続けられるように」と、当時勤めていた仕事を辞め、子育てのサポート役に徹することにしてくれたそう。「ここまでしてもらっているのに、仕事を辞めるわけにはいかない」と、勘家さんは第二子の出産後も仕事を続けた。当時の母を越える年齢となった今でも、そんな母に感謝しているという。女性の社会進出の難しさについて、身をもって感じるとともに、あの苦しい時に家庭と仕事を何とか両立できたことは、今でも働くモチベーションとなっているそうだ。

事務のみならず、介護現場へも仕事を広げ、先入観にとらわれず現場を改革

亀甲会で事務員として働きだしてから10年たち、主任事務員に昇格した。また、主任指導員となり、介護現場も担当するようになった。しかし、介護については未経験であったため、介護専門用語は分からず、従業員とのコミュニケーションもうまくいかず、苦労することとなった。そこで、業務を理解するために介護関係のセミナーなどに参加し、溝を埋めるべく努力したそうだ。そして介護現場に関わるにつれ、「もっとこうすれば良くなるのでは」と思うことも多かったが、立場上なかなか言いづらかったそう。

亀甲会_女性_1.jpgしかし、2012年に事務長に就任して管理職になったと同時に、主任相談員も兼務するようになり、「やっと現場に切り込めるようになりました」と勘家さん。事務長になってから、さまざまな改革に取り組んだ。

大きな仕事の1つは、通所介護事業所、いわゆるデイサービス事業所の立ち上げだ。しかし、初年度は数千万円の赤字。そこで、利用者に選んでいただける事業所にするためにデイサービスブランド改革に取り組んだ。デイサービスはみんなが集まって楽しむだけのところではない。利用者の個性を大切にして、ここに来たいと思ってもらえるところにしようと考えた。

家庭の台所で味わうおいしい食事の雰囲気づくりのため、陶器のバラバラな食器で提供した。おやつもすべて手作り。従業員も昼食は一緒に食べ、おいしいか確認して改善につなげる。これにより、「食がおいしい」と評判になり、利用者が徐々に増えた。また、70種類のレクリエーションメニューを作成して利用者の個別ニーズに応えた。外部の専門講師にお願いし、質の高いアクティビティーも取り入れた。入浴設備は個浴対応。一人一人お湯を入れ替え、清掃はどんなに忙しくても実施した。そして、4年半たったころ、やっと黒字に。ミーティングでそのことを伝えると従業員から自然と拍手が沸き起こり、皆で喜び合ったそうだ。

亀甲会_女性_2.jpgさらに、今までできなかった介護現場の改革に取り組んだ。

その1つが新しい器具やロボットの導入だ。最初に導入したのが、セラピー用アザラシ型ロボット「パロ」ちゃん。医療・介護施設等で、楽しみや安らぎなどの精神的なセラピー効果を目的に利用されているロボットだ。勘家さんは、本物のペットを施設で飼い、利用者の気持ちが少しでも癒えればと考えていたが、実際には難しい。

そんな中、東日本大震災後、避難場所となっていた体育館で「パロ」ちゃんが活躍している様子が放映されているのを見て、勘家さんはすぐに販売元に問い合わせ、数カ月お試しレンタルをしたそう。利用者にも好評で、亀甲会でも購入。入所式、命名式を経て、現在は園のアイドルとなっている。

また、自動排泄処理装置「ヒューマニー」や、離床アシストロボット「リショーネ」、アシスト付歩行器「リトルキーパス」も導入し、利用者の快適性と従業員の働きやすさを実現させた(詳細は企業記事参照)。とにかく、良いと思ったロボットや器具が見つかったら、すぐに問い合せて、実物を見に行ったり、利用している介護施設に見学に行ったりと、勘家さんは素早く行動する。その後、試用したり、他の施設の現場の声をよく聞いたりして情報収集し、慎重に検討して自施設に導入しているそうだ。「色々なことを新しくしようと思ったら、現場のことをよく理解しないと実現しません。必ず、自分の目で見て、詳細を確かめます。四国の施設まで、機器の利用状況を見学に行ったこともあります」。

勘家さんは、前例にとらわれず、良いと思ったことは実行する。例えば、今までオムツ交換は頻繁にするほど、手厚く、良い介護という考えから、布オムツを利用していたが、紙オムツへ変更した(企業記事の該当箇所参照)。また、食事はメインディッシュ用の皿、小鉢といった個別の皿で、全て従業員が配膳していたが、各利用者自ら配膳場所へ出向き、一つの皿におかずを取るように変更した。これにより、従業員の食事にかかる労働時間を省略できただけでなく、利用者がゆっくりとではあるが、3度の食事ごとに体を動かすこととなり、身体機能の維持にもつながったそうだ。

「最初は、現場の従業員は反対します。そんなことをさせては危ない。利用者に何かあっては困る。食事をこぼして、滑ってケガをしたらどうするのかなど。そこで、昼食時に食堂清掃専用の従業員を配置して対応しました。やってみれば、利用者、従業員共に良い結果となりました。車いす利用者も含めて、配膳だけでなく、自然と片付けまでやってくれるようになったんです」とうれしそうに振り返る。

このように、勘家さんは良いアイデアを出し、現場を説得し、実行することを繰り返してきた。その他、就業規則の変更、人事システムの大幅改定、有給取得促進など、幅広く取り組むなど、まさにマルチプレーヤーの勘家さん。必要と感じたことは勉強したり、人に相談したり、情報を収集し、多方面からの協力を得て、機敏に行動している。そのため、施設外のネットワークづくりも大切にしているそうだ。

「事務長の仕事は、介護現場を支える、縁の下の力持ちです。従業員が働きやすい環境を整え、利用者さんに質の高いサービスを提供できるようにするのが、務めです」と、話す勘家さんは、これからもパワフルに行動して、介護現場を変えてゆくことだろう。