輝く女性事例

「学生の頃から長い目でキャリアを考え、挑戦を続けて見えた景色」

国立大学法人広島大学

  • その他産業
  • 東広島市
  • 301以上
法人名 国立大学法人広島大学
所在地 東広島市鏡山1-3-2
URL https://www.hiroshima-u.ac.jp/
所属・役職 財務・総務室広報部広報グループ グループリーダー
ご本人氏名 和木 光江 さん

(2018年2月現在)

seika_header_2.pngのサムネイル画像

1986年~
広島大学庶務部庶務課秘書係にて、学長および事務局長の秘書業務を担当。その後、教育学部学務係、学務第二係に異動し、留学生の受け入れ等支援関係の業務及び大学院の教務関係の業務を担当する。

1995年~
庶務部企画調査課広報調査係にて、広報誌、学報の発行業務、学校基本調査等の調査業務を担当。1997年に主任に昇任。1999年に工学部人事係に異動し、工学部の教員採用、非常勤講師採用等を担当。その後、総務部人事課任用係にて、全学の教員の採用人事、諸手当関係業務を担当する。

2002年~
係長に昇任し、総務部大学情報室にて、情報公開開示請求への対応を担当。その後、いくつかの部署への異動で、文書管理や、人材育成等を担当。

2007年~
学長室広報グループに異動し、広報誌の発行、報道機関対応、公式ウェブサイト管理運営等、全学の広報業務を担当。その後、2009年に社会連携・情報政策室広報グループの専門員に昇任し、学長定例記者会見の実施など、報道機関対応業務を行う。

2011年~
同室広報グループ、グループリーダーに昇任。組織変更により、現在は財務・総務室広報部広報グループとなる。

性別にかかわらず活躍でき、定年まで働けると考え、公務員を目指す

広島大学で、財務・総務室広報部広報グループ、グループリーダーとして活躍する和木光江さん。国家公務員試験を経て、当時の文部省の職員として広島大学に就職した。

「公務員であれば、性別にかかわらず活躍でき、定年まで働けると思って目指しました。40代ぐらいになれば、ポストアップの可能性がある、とも当時考えていました」と言い、学生の頃からキャリアを計画的に考えていたそうだ。

最初の所属では、学長および事務局長の秘書業務を担当し、全学的な動きを感じる貴重な体験ができたという。4年後に、教育学部での留学生受入業務担当に異動となり、所属部署が変わればこんなにも仕事の内容が違うのかと感じたそうだ。「当時、教育学部にいた100人近い留学生の顔と名前を覚える努力をしました。繁忙期には大勢で協力しながら仕事を進める楽しさも味わいました。今思えば、留学生に接することは『多様性』を学ぶことそのもので、そのような感覚を養うことができた良い機会であったかもしれません」。

新しい部署や仕事に楽しみながら挑み、成長につなげて上を目指す

就職後10年目となる1995年に、広報誌や学報の発行業務、学校基本調査等の調査業務に就いた。具体的には、当時、文部省の国立大学広報誌コンクールで5年連続最優秀賞等を受賞していた、広報誌「広大フォーラム」の制作担当となった。

「出版物の制作経験はなく、プレッシャーを感じつつも試行錯誤する日々でしたが、仕事の成果が形になって見えることはやりがいにつながったと思います。広報の仕事は、各部局の担当者とのつながりがとても大切で、今も活かされています」と話し、新しいことへの挑戦を楽しみながらやり遂げたことが、自身の成長につながったと当時を振り返る。

その後、総務部人事課任用係で採用人事等の担当になった時期に、毎年文部省で行われる「人事事務研修」をどうしても受講したいと考え、係長に直談判して推薦を受けて参加した。

「この研修への参加で得たことは、業務知識はもちろん、女性でも望めばチャンスが与えられると勇気付けられたことです。新しいことに積極的に関わっていいんだという意識を持つことができました」と、自身の中では大きな成果となったそうだ。

国立大学法人化後に重要性が増した広報業務で、グループリーダーとして活躍

いくつかの部署への異動を経て、2007年に学長室広報グループに異動し、広報誌の発行、報道機関対応、公式ウェブサイト管理運営等、全学の広報業務を担当するようになった。

「国立大学であっても、広報の重要性が求められるようになり、手法も次第にウェブサイトを中心としたものにシフトしていくなど、新たな取組が求められました。そこで、自己啓発に励んだり、学外の専門家を講師として招き、スキルアップする機会を得たりしました」。

2009年より広島大学が始めた月次の学長定例記者会見により、全学の情報が得やすくなったと同時に、定例会見に限らず全般的なリリース文を作成する業務を担当することで、スキルの向上が図られたそう。

このように広報業務のキャリアを積んだ和木さんは、2011年に広報グループ、グループリーダーに昇任した。

「広報の目的は、大学の活動(教育・研究・社会連携など)を社会に伝え存在感を高めていく、また構成員の気持ちをひとつにして広島大学としての一体感を高めていくことだと思います。そのためには、発信した情報がいかに受け手の心に響くかを考えています。一方で、突発的な危機にどう対応するかという、緊急時の広報も大切な業務です。また、他部署との連携なしでは何一つ成り立ちませんので、全部署との円滑なコミュニケーションを大切にしています」。

管理職への意欲を持つ後進をしっかり育てたい

「広報グループもそうですが、広島大学では一般職員の若手は女性が増えています。出産などのライフイベントもありますので、人材育成は簡単ではありませんが、充実した両立支援制度を活用してもらいつつ、状況に応じて仕事の配分を配慮し、しっかり育てていきたいと考えています。最近「無意識の偏見」について知りましたが、管理職として意識しなければと感じました。また女性自身も、“自分には管理職は無理だ”と最初から委縮せずにいて欲しい。これも無意識の偏見の一つだといいます。管理職となり、一歩進むごとに、見える景色が変わり、自分の裁量の範囲内で仕事を進められる醍醐味もあります。自分自身のキャリアアップのことも長期的に見据えて欲しい。キャリアとは仕事を続けることそのものだと思います。続けることの大切さも伝え、管理職への意欲を持つ職員が出てくればと思っています」と、後進へのメッセージを送ってくれた。

「目の前にある仕事はすべてチャンス」という、和木さん。これからも、チャンスを力に変えつつ、新たな景色が見える場所へと進んでいくのだろう。