もちーと ひろしま
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輝く女性事例

「全ての経験が未来への財産。任せられた役割を前向きに楽しんで」

株式会社NTTデータ中国

  • その他産業
  • 広島市
  • 101〜300
社名 株式会社NTTデータ中国
所在地 広島市南区比治山本町11-20 NTT DATA比治山ビル
URL http://www.nttdata-chugoku.co.jp/
所属・役職 金融事業部部長 兼 山陰営業所所長
ご本人氏名 金本 純子さん

(2020年1月現在)

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1993年 入社後、首都圏地域・金融開発グループに配属され、主に銀行窓口専用端末の開発を担当。

1997年 中国地域・金融開発グループに異動。中国地方の地銀向けネットワーク及び銀行窓口専用端末開発のリーダーとなる。

1999年 再び首都圏地域・金融開発グループに異動。全社ベースの大規模プロジェクトに参画し、主任、課長代理として窓口専用端末チームのプロジェクトリーダーの役割を担う。

2004年 課長に昇進。開発チームを牽引しながら、ソリューションの他業態拡販、海外展開、導入支援などより顧客に近いコンサルティングを担うプレイングマネジャーとしての役割を担う。

2015年 中国地域・金融営業グループに異動し、部長に昇進。初めての営業部門で、新規大規模案件受注の指揮を執るなどし、事業部に新たな風を吹き込む。

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NTTデータグループの一員として、主に中国地方の金融や公共機関、法人向けにITソリューションを提供し、地域のITインフラの一翼を担う株式会社NTTデータ中国(以下、NTTデータ中国)。同社で働く社員は、主に営業職と専門職であるシステムエンジニア(以下、SE)に分けられるが、優秀な人材の確保は会社にとっての要だそう。そのため、創業当初から新卒、中途入社にかかわらず、業績、能力、適性等を考慮し、公正に評価する方針を徹底しているという。また、仕事と家庭の両立支援策も早くから充実しており、例えば育児休業制度については、法定以上の休業年数の延長や男女共に平等に取得を促すなど、働きやすい環境を提供してきた。また、NTTデータグループとしても、グローバル競争を勝ち抜くために「ダイバーシティ&インクルージョン」を重要な経営戦略としていて、中でも「女性活躍推進」を強化した結果、女性管理職数、女性役員数共に年々伸びている。

今回は、はじける笑顔と、バイタリティ溢れるオーラがとても印象的な金融事業部部長の金本純子さんに、これまで歩まれたキャリアと、金本さんが感じる部長職の魅力について話を聞いた。

プログラミングを始めたのは小学生。幼いころの興味がそのまま仕事に

NTTデータ中国にSEとして入社した金本さん。「小学生の頃、周りの友達がゲーム機で遊ぶ中、母から『ゲームがしたかったら自分でつくったら?』と、当時ゲーム機よりもずっと高価であったであろうパソコンを与えられました。夏休みのプログラミング体験教室に参加したり、学童向け科学雑誌を読むなど、最初は見よう見まねでプログラムを組んで遊んでいました」。これが、金本さんのキャリアの原点だ。

中学卒業後は、情報工学を学ぶため高専に進学し、若いうちからその専門性を高めていった。スキルをもって臨んだ就職活動では、親会社である株式会社エヌ・ティ・ティ・データ(以下、NTTデータ)本体も選択肢の一つだったそうだが、当時創業2年目で、若手メンバーを中心に地元である広島を拠点として事業拡大を目指すNTTデータ中国への入社を決める。

そして、全国から集まったグループ全体の新入社員合同研修で、カルチャーショックを受けたそう。「NTTデータグループの同期には本当に優秀な方が多く、全国にはすごい人がたくさんいると感じました。もっと高い技術を身につけるため、若いうちは東京で働くのもいいかもしれないと、考えるようになりました」。

こうして、東京を拠点として金融機関向けのシステム開発を手掛けるプロジェクトへ配属が決まり、そのキャリアをスタートさせた。

がむしゃらに働いた20代での経験が、今につながる糧に

システム開発は、社内外問わず多くの人が関わるもので、一つの案件を細分化してプロジェクト内でチームを編成する。当時、入社4、5年目で小規模プロジェクトのリーダーを任されることが多かったそうだが、金本さんも入社4年目に広島に異動し、地銀向けネットワークや銀行窓口専用端末の開発リーダーとして、チームを取りまとめる役割を担った。広島で2年ほど経験を積んだ後、当時、NTTデータで大規模な地銀向けシステム開発のプロジェクトが立ち上がることになり「どうしても参加したい」と、自ら志願して再び東京へ異動した。

ピーク時には5,000人以上が関わったこのプロジェクトは、金本さんのこれまでのキャリアの中で最も思い出深いものになったそうだ。

「今では考えられませんが、当時は1フロアに男女別の風呂場や仮眠室が設置されるほど多忙を極めていました。厳しい環境の中で、いかにチームで納期内に成果を出すか常に考えながら行動せざるを得ませんでした。忙しい中でも本来あるべき姿を見失わないよう、ゼロベースで思考するスキルを身につけたのも、この時期だったと思います。またプロジェクトリーダーとして、戦略的に物事を考え実行すること、部下の教育なども学びました。精神的にも肉体的にも鍛えられましたが、何よりも苦しいプロジェクトを一緒に乗り越えた仲間に出会えたことがいちばんの財産になっています。一人で何でもできると勘違いしていた自分が、一人でできる作業には限りがあること、チームで活動することでより大きな成果を出すことができると実感することができたのもこのプロジェクトでした」。

2004年には課長に昇進する。「私は会社設立後の採用開始から2期生として入社しましたが、NTTデータ中国の女性の先輩方は色々な事情でほとんど退職されていました。そんな中、東京のプロジェクトでは子育てをしながらテキパキと仕事をこなす女性管理職が身近にいて、私のロールモデルであったことが大きかったと思います。その方は、現在NTTデータの役員として活躍されています」。

期待されて任せられたなら楽しんで前に進もう、結果は後からついてくる

10年ほど開発部門の課長職を経験した後、2015年には部長に昇進とともに自身初の営業部門へ異動となる。配属当時、事業部は収益の柱であった大型案件を失い、それに代わる新規案件の獲得が思うように進まず、部内に閉塞感が漂っているように感じたそう。部長として状況を打開すべく、新規開拓ターゲットをグループ企業とともに模索しながら、社員のモチベーションアップに尽力した。その結果、新規大型案件を見事受注。これをきっかけに、事業部全体に少しずつだが一体感が生まれたそうだ。

DSCF3313.jpgまた、部長として事業計画の策定など、より経営に近い目線で考える機会が増えた。「課長代理から課長に昇格したときは、割とイメージしていた通りだったのですが、部長は全く違いました。経営者目線での思考が求められ、お客様からの私に対する発言や期待感も、課長を務めていた頃とは全然違います。一言でいうと、『部長は“スーパー課長”ではダメ』なのだなと。課長は上位層の示した方針に従い、チームをまとめるのが仕事なので、ある程度決まった方向性に沿って活動すればよいのですが、部長は社外ではお客様の事業パートナーとしてリードしなければなりませんし、社内では社員が迷子にならないよう方針を定め、道筋を示さなければなりません。大きな責任を伴いますが、その分もやりがいも大きいと感じています」。

後進へのメッセージとして、「私自身は、管理職になることに特に抵抗はありませんでしたし、『きっと面白いはず』という気持ちで管理職登用の打診を受けました。上司が推薦してくれているということは、『この人ならできると期待してくれている』と捉えたらいいのではないかと思います。色々考えすぎず、まず飛び込んでみることです。当社には女性の営業職が同業他社と比べて多いように思いますが、みんなに共通しているのは相手の懐に入るのが上手なこと。こうしたスキルに加えて肩書がつくと、さらに仕事はやりやすくなると感じます。管理職は一般職よりも裁量がある分自由度が高く、行動がわかりやすく結果に繋がる分、やりがいがあって面白いと思いますよ」。

常にポジティブに、前向きにチャレンジする。とてもシンプルだが、とても大切なことを金本さんは教えてくれた。周りを明るく照らしながら、難しいことであっても楽しさに変えてしまう、そんなパワーを持った素敵な部長だった。