もちーと ひろしま
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輝く女性事例

「子育てとキャリアの壁を乗り越えた経験から、今後は若手に寄り添える存在に」

株式会社ププレひまわり

  • 卸売業・小売業
  • 福山市
  • 301以上
社名

株式会社ププレひまわり

所在地 福山市西新涯町2-10-11
URL https://pupule-r.jp/
所属・役職 人事総務部 採用・教育課 課長
ご本人氏名 田頭 佳代 さん

(2019年11月現在)

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1998年〜
株式会社ププレひまわりに入社。三吉店の店舗運営スタッフを担当。店舗運営に関わる幅広い業務を担当。3年目には店長となる。

2004年〜
入社7年目に商品部に異動し、管理職としてビューティーケア部門のバイヤーを担当。2007年と2009年に産前産後休業・育児休業を取得。

2010年〜
復帰後、営業支援部に異動し、一時期は時短勤務でバイヤーのサポート業務に専念。

2013年〜
人事総務部に異動。採用・教育担当係長に昇格。

2015年~
人事総務部採用・教育課課長となり、採用や社員教育の責任者として活躍中。

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悩みや苦労が多かった若手時代、諦めず強い気持ちで乗り越え、3年目に店長就任

中四国を中心に、「スーパードラックひまわり」を120店舗運営する株式会社ププレひまわり(企業記事はこちら)で、人事総務部採用・教育課課長として活躍中の田頭佳代さん。入社の決め手は「この会社は私個人をきちんと見てくれている、必要としてくれている」という思いが面接官から感じられたことだった。

「やるからには、誰にでもできる仕事ではなく、自分にしかできない仕事を一生懸命頑張りたいという気持ちがありました。他社の採用面接では、誰でもいいからとりあえず採用しているような雰囲気を感じたこともありましたが、当社の面接官は一人一人の心をしっかりと見てくれているように思いました。また、当時は福山市内を中心に約10店舗という小さな会社であり、これから大きくなるという、わくわく感もありました」。

最初に配属された店舗では、2年間店舗運営スタッフとして幅広い業務を行った。2年目には店長の補佐役も担当し、店舗を切り盛りすることの難しさを肌で感じつつも、チームで良いお店をつくり上げ、お客様の反応を見る楽しさも感じながら、仕事にやりがいを感じることができたそう。

入社3年目には店長へに昇格したが、店舗スタッフはほとんどが年上のパート社員であった。最初は20名近いスタッフへの指示の出し方や、コミュニケーションの取り方などで戸惑い、ストレスから体調を崩してしまうこともあったという。そんな中でも、「辛い=辞める」という選択肢はなく、どうやって目の前の困難を乗り越えればいいのかを常に考えていたそうだ。

2店舗目の店長になった際は、近隣に競合店がオープンした影響で、売上が3割程度落ちてしまったことがあった。しかし、商品の見せ方を工夫し、お客様にとって喜ばれる店舗づくりを試行錯誤し、見事2年以内に業績を回復させた。「より良いお店を目指したとき、助けてくれたのが年上のパートスタッフでした。スタッフの意見や、豊富な経験による知恵を店舗づくりに反映し、互いに頼り合うことで、より深い人間関係を築くことができました。当時のメンバーとは、今でも交流が続いています。人をマネジメントしていくこと、困難から逃げ出さずに乗り越えていくといった経験は自信にもつながりました」。

入社7年目には商品部に異動し、ビューティーケア部門(化粧品・ヘアケア商品等)のバイヤー業務を行った。全店舗に発注する商品の仕入責任者であり、当時20代であった田頭さんにとっては業務の難易度が高く、プレッシャーもあったというが、良くも悪くも自分の努力次第で結果がついてくるこの業務を通じ、「商売」の面白さをより感じることができたという。

キャリアの壁を感じても続けたのは、仲間がいたから

2.田頭様写真[1].jpg入社10年目となる2007年に第一子を出産し、子育ても仕事も頑張ろうと意気込んだが、現実はそう甘くはなかった。時間的な制約があり、以前と同じように働けない。やりがいを感じていたバイヤー業務からも離れ、仕事と家庭の両立に大きな壁を感じたという。

「会社が急成長し、他の同僚が活躍する中で、私も同じように仕事がしたいと焦りを感じたのだと思います。しかし、今では子育てに力を注ぐことや、一時的にキャリアが停滞することも、私の人生における必要なフェーズであったと感じています。そして人事担当者として、キャリアについて悩んでいる方の気持ちを、少しでも理解できるようになった経験であったとも思います」。

2010年には第二子出産に伴う1年間の育児休業を経て、時短勤務で復帰。仕事の優先順位をつけるなどして生産性をあげる働き方を模索しながら、バイヤーのサポート業務に専念した。

入社して16年目となる2013年、人事総務部採用教育課に異動となり、全く新しい業務を担当することになった。「予想だにしなかった異動で、当初はとてもショックを受けました。好きだった営業の仕事ではなくなり、一瞬ですが、退職が頭をよぎりました。しかし、配属後しばらくして、社長自らが採用や教育を立て直していきたいという想いがあったことを知り、『ここも大切な場所だ』と前向きになり、やりがいを見出すことができました。今では、異動という変化があったからこそ、新たな経験を積み、力をつけることができたのだと考えています」。

人事への異動が、バイヤー業務から離れた事に続く2度目の壁だったと田頭さんは言うが、それでも辞めなかったのは、「苦しい時をともに過ごしてきたこの仲間と働き続けたい」という気持ちがあったからだそう。そんな経験もあってか、田頭さんは入社希望者に「どんな社員がどんな顔で働いているかをよく見てほしい」と話しているのだそう。

社内外で役立つスキルを身に付け、大切な“人財”を育てていきたい

2015年より採用教育課の課長として、採用と社員教育の責任者となった田頭さん。良い“人財”と出会い、採用へとつなげ、向上心を持って活躍してもらえるよう教育しながら、会社の未来を担う後継者を育てていく。人の人生を大きく左右し得るという点で、これまでのキャリアの中で最も重い責任を負う業務だと考えているそうだ。

田頭さんに今後の目標を尋ねると、「社内の“人”にまつわることを一手に引き受け、エキスパートとして任せてもらえるような存在を目指しています。まずは自分自身が社外でも通用するスキルを身に付けたい。入社時には未熟だった若手社員が、研修や現場での経験を通じて成長していく姿を見ると、まるでわが子を見ているようで胸が熱くなります」と話す田頭さんの表情は真っすぐで温かい。